静かな退職という概念が広まり、私がこの言葉を知ったころ、これほど的確に私の行動やマインドを表した簡潔な言葉はない、と感動を覚えた。
今回は、労働の結果得られる報酬を「定期収入源」とみなす生き方が案外悪くない話をする。
静かな退職の概観
静かな退職の定義は以下の通り。
静かな退職とは、従業員が積極的な職務参加を控えることで、仕事と私生活のバランスを取ろうとする働き方です。
「リクルートマネジメントソリューションズ」(https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000316/)
私は、仕事と私生活のバランスをとることは当然であり、仕事は所詮仕事という認識だ。もちろん仕事なので一応決まり通りに働き、組織人として仕事のコミュニケーションをとり、職務を遂行する。だが、過度な深入りはしない。基本的に定時退社するようにしているし、残業はしないことをモットーにしている。
定期収入源
ビジネスパーソンが定期収入を得る上で、継続性や持続性は必須だと思う。なぜならば生活がかかっているからだ。継続的収入がなければ生活が立ち行かなくなるリスクが生じる。
会社に行くこと=定期収入を稼ぐこと、という至ってシンプルな考え方を持てば、いろいろな悩み事は減ると思う。私も定期収入源と割り切って、仕事をしている。
会社に対してドライな態度、労働に対してドライな態度が、適切な距離を保つ。
距離が近ければ反発するし、遠ければ足並みをそろえる必要がある。
だからこそ、ほどほどの距離感を保って、「定期収入を得る権利」を時間で買い取るのだ。
最低限は何か
労働契約における最低限の義務は、契約内容によると思う。
だが、おおよそ会社に行って決められた時間をそこで過ごす事が最低限だと思う。
成果によって報酬が決まる仕事は別として、報酬は提供価値ベースではなく、労働時間ベースで計算され、毎月定期収入となる。
そう考えれば、私の最低限果たすべき義務は、会社に行って決まった時間をそこで過ごすことになる。
そう考えるとかなり心に余裕が生まれ、仕事の本質も見えてくる。
この仕事は最低限何を達成していればよいのか、といったポイントが見えてくる。
あれもこれもしなくてはならないという窮屈さより、最低限何を達成していればよいかにフォーカスすれば、効率性も上がりそうだ。
最低限会社との契約は履行できている、という冷めた姿勢ではある。
しかし、仕事が好きでもないことで、作業内容も主に嫌なことであれば、それを続けるにあたって、こうしたマインドは意外と活用できると思う。
逆転の発想
静かな退職は自分の身を守る手段である可能性は高い。
ただ、こうしたマインドを適用するかどうかは自分次第だ。
例えば、好きな仕事で嫌な作業をしていたとする。それは好きという原動力で労働ができているかもしれないので、精いっぱい力を発揮したいという内発的動機が生まれる可能性がある。(仕事はどうしてもいやな作業をする必要があるので、多少なり好きな仕事であれば我慢できるだろうという希望的観測に基づく考えだが…。)
そういった自身のマインドがプラスの仕事なのであれば、静かな退職のマインドを適用するのはもったいないと思う。
また、能力や才能、努力により競争に勝ち上がっていく超希少人材においては、少しやるだけでも組織内で目立ち、いろいろなチャンスが巡ってくる可能性もある。
静かな退職をしている人と差をつける機会にもなるので、少し行動するだけで、周囲と差をつけられる環境になっているかもしれない。そう考えると強者にとっては環境的に都合がよいとも考えられる。


